NEC RED ROCKETS
  • 公式facebook
  • 公式twitter
  • 公式instagram
  • 公式youtube

新人選手インタビュー 廣田あい『バレーボールを通じて感謝の気持ちを伝えたい』

チーム情報

シェアする

4月からレッドロケッツに新たな仲間が加わった。アウトサイドヒッター、廣田あい。
文京学院大学女子高校から、レッドロケッツへ。
「バレーボールを通して感謝を伝えたい」と意気込む18歳のルーツをたどる。



バレーボールを始めたきっかけは4歳上の兄、2歳上の姉の影響だった。小学校入学時に130㎝と身長が高かったことや、兄と姉の練習についていくうち、ごく自然にバレーボールの道へ。しかも廣田が入ったのは、小学生バレーボールチームで何度も全国を制した東金町ビーバーズ。バレーボール選手としてのスタートは、超強豪チームから始まった。
「練習はほぼ毎日。練習前にはバレー訓を唱えて、歌を歌うんですけどその歌詞が『やるぞ、ビーバーズ日本一』。幼稚園の頃からずっと聞いてきたので、自然に日本一、全国優勝を意識していました」

平日も練習はほぼ毎日あり、夏休みや春休みには合宿も行う。朝食前から練習が始まり、基礎練習やダッシュなどのトレーニング。とにかく徹底的に叩き込まれた。それでも全国の壁は厚く、目指した日本一には届かなかったがその悔しさが「中学で必ず日本一になりたい」と新たな目標を生み出し、文京学院大学女子中学校へ進学。小学生の頃と同様に練習は厳しかったが、新たな価値観を見出したと振り返る。
「同級生もすごく上手な選手が揃っていたので、周りのプレーを見て『私もやってみたい』と真似したり、考え方の幅が広がりました。高校生と同じ場所で練習していたのも刺激になったし、基礎練習は変わらずありましたが、もっとうまくなりたい、と思い始めたのが中学時代でした」

結果もついてきた。全国大会のみならず、地区大会や都大会も含め中学3年時は無敗。中学校の全国大会や、選抜メンバーで東京代表として出場したJOC杯も制覇した。あれほど目指した全国優勝、日本一をあっという間に叶えてしまう。それだけでも十分すぎる快挙なのだが、意外なことに当時の記憶は「ほとんどない」と笑う。
「すごい記録だな、と振り返ると思うんですけど、どんな練習をしていたかを思い出そうとすると覚えていないんです。たぶん、その後の高校時代がきつすぎて(笑)、塗り替えられたのかもしれません」
 

 
全国優勝したメンバーが揃うとはいえ、高校になればまた一段ステージが上がり、レベルも上がる。求められることも増え、日々の練習はとにかく厳しい。しかも高校2、3年時は新型コロナウイルスも蔓延し、公式戦が次々なくなっていく。やるせない思いが先行した時期もあったが、悔しさもすべて最後の春高にぶつけよう。高校での日本一を成し遂げる最後の機会となった3年時の春高東京大会はまさに死闘と言うべき戦いを繰り広げたが、フルセットの末、下北沢成徳に敗れ、憧れのオレンジコートでプレーする目標を叶えることはできなかった。
「(春高出場を争う上位)4つの中でどこが勝つか。やっている自分たちも本当にわからないぐらい、東京は激戦。でも、自分たちの試合を(先に春高出場を決めた)共栄学園と八王子実践の子たちが見て、文京がんばれ、とチームの垣根を越えて最後まで応援してくれていたのがすごく嬉しかったです」
 
高校を卒業してVリーグ、レッドロケッツへ。チームには柳田光綺や上野香織など同じ文京学院大学女子高を卒業したOGもいる。学生時代から試合観戦に足を運んだこともあり、身近なチームではあったが、複数のチームから誘いを受ける中、実は最後の最後まで迷ってもいた。
「声をかけていただけたことはすごく嬉しいし、ありがたいことだったんですけど、外から見ていてレッドロケッツはメンバーも揃っているし、自分の入る隙がないんじゃないかと思っていたんです。でも中西(当時チームディレクター※現GM)さんと話をした時に不安をぶつけたら『試合に出続けるメンバーはいつまでも同じであるわけではないし、経験を重ねて、レッドロケッツの中心選手になれる力を持った選手だと思うから、一緒にバレーボールをしたいと思っているよ』と言われて、そんな風に思ってもらえるんだな、って。自分の武器はこれです、と言うことはまだできないですけど、でも少しずつ、ジャンプ力とか、攻撃力とか、武器と言えるものを増やしていけたらいいな、と思います」

入社から3か月が過ぎ、生活には少しずつ慣れてきたが同期はおらず1人。心細さもあるが、外から見ていた時は近寄りがたいと思っていたレッドロケッツの選手たちの気さくさに「毎日助けられている」と笑う。
「ジョンさんとか、ずっと日本代表で活躍しているベテラン選手で怖くて話せないだろうと思っていたんですけど、ジョンさんから話しかけてくれたり、すごく話しやすい空気をつくってくれて感動しました(笑)。でも、メンバーが豪華すぎることに変わりはないから、いつも『ここに自分が入っていいの?』と躊躇しちゃう。自分のアマチュア感が抜けません(笑)」
 

 
学生時代はオフェンス力に定評があり、ポジションにこだわらず、「セッター以外のポジションで貢献できる選手になりたい」と意気込むように、引き出しの数も多く技は多彩。経験を重ねてどんな選手になっていくのか楽しみしかないが、“目標とする選手”はあえて挙げないようにしている、と廣田は言う。
「名前を挙げるといろいろな人がでてきてキリがなくなるという理由もありますが(笑)、高校まではいろいろなポジションを経験して、いろいろな攻撃をしてきたので、面白いバレーがしたいしオールラウンダーとして貢献したい。高校時代はミドルも経験しましたが、バックアタックが打ちたくてアウトサイドヒッターを希望したので、いろいろな場所からバックアタックを打てる選手になりたいです」

社会人になった自覚が芽生える一方で、SNSのフォロワーも増え、応援してくれる人の数や注目度も学生時代と比較にならないほど多いことを実感しているが、今経験するすべてが、廣田には刺激で、新たな目標に向かう楽しさでもある。
「これまで以上に、いろいろな面で支えてくれる方がいるからこそ、大好きなバレーボールがこんなに素晴らしい環境でできていると改めて感じています。特に高校時代はコロナウイルスの影響でバレーボールができること、練習や試合ができるのは当たり前ではないと実感したので、バレーボールができる喜びを大切に、1人でも多くの方に感謝を伝えられたり、自分のプレーで何か影響を与えられるような選手を目指してこれからも頑張ります。応援、よろしくお願いします!」

フレッシュに、でもがむしゃらに。魅力あふれる新戦力、廣田あいに注目だ。